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NAKANO Granite

錦帯橋-下巻-旧目加田家住宅


第十六章
旧目加田家住宅
錦帯橋
吉川家家紋

旧目加田家住宅-きゅうめかたけじゅうたく

国指定重要文化財

 目加田家は、近江国愛知郡の出で、天正年間に吉川元春に召し抱えられ、吉川広家が慶長5年(1600)関ヶ原の役後、出雲国富田から岩国に移封された時に広家に従ってこの地に移り住んだ、江戸時代中頃の屋敷割図によると既に現在地に住居を構えており文政の頃には御用人役を勤めて知行170石取りであったことが御家中系図に記録されている。この住居は18世紀後半の建築と推定され中級武家の住居としては全国でも数少ない遺構の一つとして昭和49年2月5日重要文化財に指定された。 建物は切妻造り、桟瓦葺きで、土間側面を除いて三方に庇(ひさし)を巡らし、南西に面して建つ、間取りは正面に式台付の玄関の間を設け、向って右に仲間部屋、左に表座敷二間を配している。仲間部屋の裏は土間で平常の出入口とし、続いて中の間、台所、板の間等を設け、表座敷の背後には中廊下をはさんで裏座敷三間を配し、裏座敷上部には屋根裏部屋が設けてある。総体的に木割が細く、松を主材とし簡素ではあるが隅々まで端正な構えをみせている。なお、筋葺きに用いられている特殊な形の桟瓦はこの城下町西岩国地区に集中してみられる地方色として注目される。
 建築後、およそ200年を経て建物は全体に緩みをきたしたほか、数回に及ぶ床下浸水による腐朽に加え、蟻害も広範囲に及んでいたため、昭和52年10月から解体修理工事を起し、同53年12月に竣工した。修復に当たっては、できるだけ古材の再用に勤め、やむを得ず取り替えを必要としたものは同種材をもって、補足し、形式工法等は従来の技法を踏襲して当初の姿に復旧した。
昭和53年12月


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